我が校剣道部昭和38年以降の出身者で、白藤一郎氏の名前を知らない人はおりません。
都工、伝説のOBであります。
白藤一郎<昭和38年機械卒>→関西大学進学  現在は関大教授

都工時代は個人ですが大阪代表としてインターハイ出場。
そして先輩以降の都工はその姿勢を受け継ぎ、大阪の公立高校では一目おかれる剣道部となった。

下記は関西大学のページよりお借りしました。

                        

                          白藤一郎

関大剣道部で最初の学生日本一となった川上岑志が「剣聖」とうたわれたのに対し、白藤(昭42学1法)は「剣鬼」と呼ばれた
昭和39年と40年に関西学生剣道選手権大会において連続優勝を飾り、昭和40年6月13日、第13回全日本学生剣道選手権大会の
決勝で東京教育大学の古沢里司を破り優勝、学生日本一となった。
他の関大勢も奮闘し、石原敏男(昭43学1法)、村上五十二(昭42学1経)も準々決勝に残り「関大強し」を満場に印象づけた。
(村上はこのとき三位に入賞した)



今も都工剣道部室には当時の稽古着が飾ってあり現役諸君に勇気を与えております。